「天の声・枯草熱」スタニスワフ・レム

天の声
天の声
posted with 簡単リンクくん at 2006. 4. 2
スタニスワフ・レム著 / 深見 弾訳
国書刊行会 (2005.10)
通常24時間以内に発送します。

レム逝去の報に触れたのは、この本を読了してから少しして、どのように感想を書こうか考えあぐねている際のことでした。


・「ソラリス」SF作家スタニスワフ・レム氏死去


もう随分以前に筆を折ったのを知っていたので、新作が書かれるのを心待ちにしていた、ということもない。この人の作品を読み始めたのは、ほんの最近なので、思い入れがあるとか愛着があるとか好きな作家などと口にするのは、あまりにおこがましい。それでも、これほどの圧倒的な知性が、またひとつ世界から失われたのだと思うと、やはり寂しさと口惜しさを押さえることはできません。ともあれ、ご冥福を祈ります。


で、本題であるところの本書の感想。まずは「天の声」から。
いや、レムの作品や一部の哲学書を手に取るたびに感じることなんですが、自分の頭の悪さを徹底的に思い知らされる結果になりましたよ。読み進んでも読み進んでも一向に頭に入らない、思索と知識と理論の地獄。かといって、面白くなかったというわけではなく、ぐるぐる迷路をめぐるような困惑の中で、その根底に流れるクールな思想に、痺れておりました。「ソラリス」の際にも感じたことなんですが、やはり自然や宇宙や現象を、人間の知識や感覚に引き寄せて考えようとすることの愚かしさ虚しさ滑稽さというものが、びしばしと伝わってきます。けれどもそれを超えて、やはり広がりゆく未知なる宇宙への憧憬は押さえられない、純粋な希望と好奇心。人は人であるが故に、永遠に宇宙の全ての真理を知ることはないのかもしれないけれど、それでも追わずにいられない人の性。そういったものを全てをひっくるめての、科学への愛情というものが感じられる(文体や語り口はそういった感情的なものを全て排しているにも関わらず)、興味深い作品でした。
そして、「枯草熱」。こっちは、「天の声」に比べると随分読みやすいけれども、それでも少し目を離すと話が分からなくなる油断のならない文体と語り口。本題に入るのが随分遅かったり、割と本筋と関係ない話があったりしますが、謎と真相は極めてシンプル。「確率論的ミステリ」とは言い得て妙。しかし本質的なところでは、ミステリと言えるんだろうかという気もします。謎と手がかりと解決が示されるという意味では少なくともミステリの体裁は取っているといえるんでしょうけど、レムが描きたいのは「謎とその解決」でも「解決に至る過程」でもなく、やはり「ソラリス」や「天の声」と同じく「人間の理解を超えた現象」のような気が。純粋にミステリとして見た場合、ある意味バカミス(笑)。いや、この知識と論理の圧倒的な集積に、「バカ」なんて言葉を冠するのは間違ってますが…ただ、この解決方法って、ストリプリング「カリブ諸島の手がかり」の「ベナレスへの道」に似てますね。その軌跡を体験してみてはじめて、真相に至れるという…ともかく、面白かったのですが、やはり己の知性の貧弱さ故に、その絢爛たる論理と知識を十分に味わえてないので、悔しいです…


ああ、レム追悼で書いた感想が、レムを全く理解できていないことを晒す内容になって恥じ入るばかり。脳味噌取り替えたくなってきますなあ